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「うん」
「千光寺さんに使ひをやつたのかい。――誰もまだ行かないつて?――何あんて間抜けだのう。庄どん、お前一つ行つて来とくれ。提灯ちやうちんを忘れるなよ。もう皆さんがお集りですからお迎へに上りました、つて云ふんだよ。うん、うん、さうよ。いつしよにお伴をしておいで」
「よし。――さうしとかう」
「はあ、見て参ります」
練吉は路の傾斜のために自然とずり下りかけた自転車を引き上げようとして身体を動かした。そのはずみに、彼の横顔が房一のすぐ鼻先きにぐつと近づいた。練吉の頬はきれいに剃刀かみそりがあてられ、もみ上げから下の青味を帯びつるつるした皮膚にはこまかい汗がにじみ出ていた。そのとき房一は思ひがけなく練吉の匂ひを、髪や香油のそれではなく、何か練吉その人の匂ひを嗅いだ。
「ほんとうに火事があつたのかい」
「鬼倉といふのは女を二人置いとるさうぢやないか」
房一は苦笑した。
「これはどこに置きますかね、この漬物桶は。――はい、はい。どつこいしよ、と」
「それに――」
まだぎこちなく坐つて伏目に固くなつている堂本の様子から、自分が誰かといふことは判つてはいるのだなと思つた房一は、
徳次はすつかり感心したとも、又その反対ともとれる云ひ方だつた。
「ですが、一体財産譲渡つて云ふのはいつのことなんです、大分前ぢやないですか」